2006年04月30日

楽器練習禁止の公園

とても気持ちのよい天気の休日、青空の下でアコーディオンを思う存分弾こうと、アコをかついで市内の芹が谷公園に出かけてみた。
ここはかなり面積も広く、緑の中に大きな広場があったり、子供用遊具がたくさんあったり、小さな池があったり、水遊びのできる小さなせせらぎがあったり、子供たちのかっこうの遊び場といえる。もちろん大人も手入れの行き届いた植木を楽しんだり、版画美術館があるので芸術鑑賞をすることもできる、市内で人気のある癒しスポットのひとつなのである。

今日は天気がいいこともあって大にぎわいだった。私は木陰ににあいているベンチをみつけ、そこでアコーディオンをとりだした。
10分くらい経過した頃だろうか、公園のガードマンさんがよってきた。
初老のやわらかな口調で紳士的に注意された。

「楽器の練習ですか。この公園では楽器の練習は遠慮していただいているんですよ。公園のすぐ外は民家なので。」

「すみませんでした。知らなかったもので」とあやまって、私はそそくさと荷物をまとめて公園を出た。

「禁止事項」の書いてある立て看板の中に、楽器不可という文字は見当たらなかったけれど、なるほど公園を見渡してみると、こんなに大勢の人がいるにもかかわらず、ひとりも楽器を弾いている人はいない。

「楽器練習者がひとりもいない=この公園では禁止されている」
という図式にあらかじめ気づくべきだったのだろう。

しかし、
公園の広場では子供達が水遊びできゃっきゃっと大きな声をあげながら走りまわっている。
公園の運動場ではキャッチボールやバドミントンを楽しんでいるらしき声が響いてくる。
ラジカセで曲を流してHIPHOPダンスの練習をしている高校生ぐらいのグループもいる。

わたしはアンプを通して音を出しているわけでもないし、複数でじゃんじゃかやっているわけでもない、ひとりで木陰で地味にアコースティック楽器を鳴らしているだけだけど、「楽器練習」はそんなに周辺への迷惑なのだろうか。スポーツでにぎやかになるのは問題ないけれど、楽器の音だしは迷惑なのだろうか。

私が普段、楽しく練習している小さな公園や河川敷でも、注意されないだけで本当は「迷惑」なのではないだろうか、という気持ちもしてくる。

きっと公園の規則なのだろうから、仕方ないことだけれど、屋外で楽器を練習するということは、そう気楽に楽しめるものではない現実を知って、どこにも居場所はないのじゃないかという気がして、かなしい気持ちで帰宅した。
posted by marie at 19:57| Accordion | 更新情報をチェックする

2006年04月19日

キャオロジーライブ@町田

kyaolive.jpg

4/16(日)、町田市鶴川のギャラリー&カフェ「結」で行われたキャオ教授(青木孝明さん)率いるキャオロジーのライブに行ってきた。

「結」は、ライブを親近感をもって楽しむのにちょうど良い大きさの心地よいお店だが、さらに私は幸運にも演奏者にかなり近い、前の方の席に座ることができた。

音楽を聴きに行っているのに、奏者の指ばかりを凝視するのはかなり野暮だと思うのだが、何せちょうど私の真っ正面にアコーディオンの鍵盤がきているので、自然と目がそこに行ってしまう。

キャオ教授は大変背の高い方(190cm)なのだが、手がまた大きくて指が長い!すごく軽々と1オクターブ以上をおさえている。そして、指の動きがきれい~。

botun_acco.gif

特に印象的だったのは途中で登場した「特製 ヴァーチャル・ボタンアコ」。
キャオ教授はピアノ鍵盤式アコーディオニストなのだが、「ボタンアコも持ってきました」とMCが。

なんと、ボタン模様のついた黒い布カバーを鍵盤の上にはめて、その布カバーの上から鍵盤を押さえて弾くのだ。

会場は大爆笑のうずにつつまれた。

MCが面白いこともあって、私も一緒になって笑いながら楽しく聴いたけれど、いま冷静に考えてみると、あれは誰にでもできるものではない。

鍵盤を全くみないで弾くブラインドタッチを完全にマスターしているだけでなく、鍵盤のキー中央を垂直に正確に押すことが要求されるはず。
(布をかぶせた鍵盤は、キーに対して斜めに力を加えるとたぶん、すべると思われるので)


演奏曲もりだくさんで2時間があっという間だった。超絶技巧系の早い曲も良かったけれど、スウイングジャズな曲の歌わせかたが特に心地よかった。音ののびがくどくならない絶妙の寸止めな感じで「ああ大人だなあ」と思った。

ライブが終わった後の交流会では、ボタンアコを持参していた小春ちゃんとキャオロジーメンバーでのセッションになった。

メンバーが部屋の四つ角からそれぞれ音を出したのだが、私たち聴衆の座るテーブルは部屋の中央にあったので、ものすごくサラウンドな音質でそれがまたとてもよかった!

「ダークアイズ」のセッションは、先日みた「僕のスウィング」のワンシーンを思わず思い出した。いいなあ、こういう感じ、とても好き。

セッションっていいなあ。ソロもいいけど、やっぱり最終的には音楽の究極の楽しみはセッションなんじゃないだろうかと強く思った。

こういう交流会つきライブはやみつきになる。
(かるふーるゲスト切望~♪)
posted by marie at 14:05| Accordion | 更新情報をチェックする

2006年04月15日

重奏な日

今年の9月の関東アコ(合奏・重奏の部)に、我が教室でも何組かグループを組んでそれぞれエントリーしましょうということになった。
私達の組は、HさんとKさんとわたしの三重奏。
(曲名は秘密。えへへ)

Hさんのレッスン時間は私のすぐ後なので、今日のレッスンでは、二人でこの曲を少しあわせてやってみることになった。初顔合わせ。

私は練習不足に加えて、うら拍子がとれないという致命的リズム感の欠如が露呈し、ぼろぼろな重奏だった。(Hさん、足をひっぱってしまってごめんなさい。)

「アンサンブルは休符の部分が大事」と先生。

うーん。たしかに。のばす音や休符の長さとか、いつも結構適当に弾いてしまっていた。1人で弾くならそれでもなんとかなる(本当はだめ!)けど、重奏だと、8分休符とか16分休符とか、正確に休まないとかみあわなくなる。

以前いたグループレッスン教室では、毎週合奏があったけれど、自信のない出だしの部分とかは、同じパートの人達の音をきいてそれにあわせたりしていた・・・だけど、重奏は自分のパートを弾くのは自分だけだから、自分自身でしっかり拍子をとらないといけない(あたりまえだが)。重奏は、独奏とはまた違うプレッシャーというか緊張感があり、勉強になる。

レッスンの後は、5/7のアコパに向けての「臨時CIAOトリオ」の練習に参加した。豊富な音源をもつMIDIアコーディオンCIAOを3台あつめて、「これがアコーディオン!?」というようなユニークで厚いサウンドの演奏をしようというコンセプトである。こちらもこの日が初顔あわせ。

ベテランのAさんが楽譜をいろいろもってきてくださっていて、それをコピーしてもらい、3人で初見あわせ大会となった。おふたりはアドリブをいれたり即席アレンジをくわえたりして楽しんでいたが、私は譜面を見ながらそのまま弾くだけだった。うーん、なんて面白みのないわたし。

アコパで弾く曲は、2曲(ポルカとワルツ)に決まり、各自練習してきて、当日アドリブなどを好きにいれてみましょうということになった。わたしは「当日アドリブ」なんてことはできないので、しっかり用意して(譜面に書き込んで)臨まないと。

今日は「重奏な日」だった。うまくできないと凹むけれど、誰かと合わせて弾くのは楽しい。
posted by marie at 23:26| Accordion | 更新情報をチェックする

2006年04月09日

左手の指練習

先生は、生徒ひとりひとりの課題にあったテキストをくださる。(うちの教室はみんな違うテキストらしい)
左手のだめだめな私の宿題はこれ。

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指使いがちんぷんかんぷんだったので、先生に指番号をひとつひとつ書いていただいた。(先生に甘え過ぎ)

いままでベースソロとか、ボタンとボタンが離れた位置のコードがある曲は「いやだなあ」と思って敬遠しがちだった。が、頑張って練習すればベースソロも楽しくなる、かも。
posted by marie at 02:55| Accordion | 更新情報をチェックする

チェブラーシカ

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「チェブラーシカ」のDVDを借りて来て見た。
数年前から気になってはいたものの、「かわいいけど子供向け作品なんでしょ」と思って、一度も見た事はなかったが、子供用などと思わずにもっと早く見てみれば良かった。

「チェブラーシカ」は1969年製作のロシアの人形アニメーション。子グマにも子ざるにもみえる謎のいきものチェブラーシカと親友のわにのゲーナ(アコーディオン弾き!)が、友達作りの家や広場を作ったり、旅をしたりするお話。一見、NHK教育あたりでやっている人形劇風だけれど、独特の空気があってひきこまれる。子供向けのものなんだろうけど、おとなが見ても楽しめる、いやむしろおとなが見たほうが楽しめるかもしれない。性善説というか、キャラクターがみんな心やさしい。
(メインキャラにシャパクリャクという意地悪やいたずらばかりするおばあさんがいてゲーナに結構ひどいことをするのだけれど、ゲーナはそれを怒ったり仕返ししたりしない。おばあさんが根っからの悪人で意地悪をしているのでなく、人恋しくてさみしくてかまってほしくていたずらしてしまう人だからなのかもしれない。おばあさんは悪いことをしてもこらしめられたりしなけれど、最終的には自発的に反省して改心したり謝ったりする)
ああ、人っていいなと思うので、心がすさんでいるときに見るとおすすめ。

ge4.jpg

「チェブラーシカ」というタイトルだけれど、活躍度からいえば、わにのゲ-ナがダントツだ。心やさしく正義感があり、歌ごころのあるアコーディオン弾き。うれしいとき、さみしいとき、かなしいとき、ゲーナはアコーディオンを弾いて歌う。うんうん、アコーディオンってこういう楽器だよねと思う。

ゲーナの弾き語る歌でもあり、全編のBGMとして幾度もかかる曲でもある「わにのゲーナの曲」「空色の客車」の、やさしく、どこか哀しい美しいメロディがとても印象的。
posted by marie at 01:40| その他 | 更新情報をチェックする

2006年04月01日

暗譜の道は果てしない

今日もレッスンの帰りに、「先々週のように河川敷で気持ち良く弾こう!」と思い、途中下車して多摩川へ。

しかし、2週間経ってかなり暖かくなってきたのと、満開の桜並木があるせいで、前回とはくらべようがないくらい大勢の人がひなたぼっこや花見やミニピクニックを楽しんでいる。

あー、だめだ。ここでは練習できない。

人の少ない場所を求めてさすらうこと数十分、かなり下流の方まで足を伸ばし、ようやく人気の少ない場所をみつける。

いざ弾こうとすると、意外と風が強い。譜面など広げようものなら、あっという間に飛ばされてしまうだろう。

そこで、私が暗譜している数少ない曲だけを練習をすることにした。
今日は先週より暖かいし、青空の下で弾くのは楽しいなぁといい気持ちになって弾いていたら、背後で人の気配。犬の散歩をしている人が立ち止まって私のことを見ている。

「あ、聴かれてる」

そう思った瞬間、左の指がわからなくなった。それまで何回も繰り返し暗譜で弾いていた曲なのに、わからなくなった。
緊張したからとか、指が震えたからとか、そういうことではない、“少し違うことを考えた”だけで、わからなくなったのだ。たぶん私の暗譜は、きちんと暗譜できていないのだと思う。指の慣れで無意識に動かしてしまっているので、そこに違う意識がまじると、途端にとぎれてしまう。

きちんと暗譜できていないのだ。

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みぎわさんのブログにこんな文があった。
http://diva.ivory.ne.jp/diary/log/eid363.html
  “暗譜って譜面を見ないで弾けるってことじゃなくて
   鏡で自分を見ながらでも弾けるって意味なんですね。”


鏡に写る自分を見ながら弾く……
ああ、私がいま「暗譜できていると思っている曲」のうち、それができる曲があるだろうか? たぶんない。

私の暗譜の道は果てしない。
posted by marie at 18:27| Accordion | 更新情報をチェックする
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